雪深い香霖堂を訪れる人妖が語る 「四季異変」の顛末とは――
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第四話 薪ストーブの暖かい罠
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Chapter 4: Warm Trap at Woodstove
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夏は夜。月のころはさらなり。闇もなほ、蛍の多く飛びちがひたる。ただ一つ二つなど、ほかにうち光て行くもをかし。雨など降るもをかし。
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In summer, the night — moonlit nights, of course, but also at the dark of the moon, it's beautiful when fireflies is dancing in a mazy flight. And it's delightful too to just see one or two fly through the darkness, glowing softly. Rain falling on a summer night is also lovely.[1]
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恐怖を覚えるほどの豪雨。いつまでも明るく騒がしく、眠らない夜。むせ返るような熱帯夜。清少納言が見た夏の夜を、誰が想像出来るだろう。心に浮かぶ風景は、ノスタルジーから生まれる妄想の夏なのではないだろうか。
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A heavy rain that reminds one of fear. A night that is bright, and filled with noise so one never sleeps. A rebellious, tropical night. Sei Shounagon. The summer night I saw, who could imagine it? I wonder if the landscape floating within my mind is a summer of delusions born from nostalgia.
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しかし私は夢で見る。月夜に照らされた夏の夜や、朔の頃の暗闇に蛍が飛び散る夜、昼間の暑さを拭い去る力強く涼しげな夕立……。まるで平安の貴族が見たような幻想的な原風景の夏を、夢で見るのだ。そうして現実の辛い夏休みから逃げる……、筈だった。
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Still I see them in my dreams. Summer evenings illuminated by the moonlight, 朔 In the night, when the fireflies scatter at the darkest hour; a powerful and cool shower that washes away the daytime's warmth... add more
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「どうしちゃったのかしら、幻想郷は! 今までも不思議な事はいっぱいあったけど、時間と季節だけは一緒だったのに」
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久しぶりにやってきた幻想郷の夏は、地面には雪が積もり、冷たい木枯らしが吹いていた。
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「何処が道だか判らないくらい雪が積もっているなんて……、あっ!」
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未踏の雪道に滑って転んでしまった。しかし彼女は笑顔で声を上げた。
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「何てアメージング! やっぱり幻想郷は不思議な場所ね!」
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ローファーに雪が入るのも厭わず、夏服の彼女は雪の上を駆け回った。
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――雪の中の香霖堂。厚着した森近霖之助ときりさめ魔理沙が話をしている。
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「なる程、妖精の暴走か。この季節外れの雪はそんな理由だったのか。でももう異変は解決したんだろう? それで、いつ元に戻るんだい? 魔理沙」
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「さあな、時間が経てば自然に戻っていくと言っていたが……」
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「燃料の蓄えが余り無いので、そろそろ季節外れの冬が明けてくれないと困るんだよねぇ」
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梅雨が明け、いよいよ夏到来という時に急激に冷え込み始め、季節外れの雪が降るようになってからひと月以上経とうとしていた。余りの寒さに慌てて暖房の準備をしたのだが、急だったためにくべる薪が十分に確保できなかったのである。
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「まあ、暖房があるだけマシだよ。それにずっと吹雪続きだった森に比べると、ここは天国みたいなもんだ。まあ、ずっと春のままの博麗神社よりは過ごしづらいが」
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「ほう、博麗神社はずっと春なのか」
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「あれ? 言ってなかったっけ?」
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「てっきり、幻想郷中雪が降っているのかと思ったよ」
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「お前は家から出ないからなぁ。博麗神社の春だけではなく、山は紅葉しているし……お、誰か来たぜ」
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玄関で大きな音がした。
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「うおぉー、寒ーい! 寒くて死ぬ!」
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「おお、菫子君、よく来たね。しかしまあ、随分と薄着だねぇ」
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半袖のシャツを着た菫子が身体を震わせていた。
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「ソックスもビチョビチョよ! ああ、部屋の中は暖かいわー。生き返るわー」
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菫子は靴を脱いで、薪ストーブの近くに置いた。それを魔理沙が手に取った。
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「おいおい、こんな靴で雪道を歩いてきたのか? 中に綿も無いし、底なんかツルツルじゃないか。こんなんで雪の上を歩くと滑って怪我するぜ」
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「だって、今は夏なのよ! こんなに雪が降っているなんて、誰が想像出来るのよ!」
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彼女は外の世界の人間、宇佐見菫子だ。魔理沙の言うとおり、確かに雪道を歩くような靴では無いが、彼女は冬でも同じ靴を履いている。つまり転倒を怖れない馬鹿だ。
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「まあ、幻想郷ではこういうことも起こるもんだ」
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「あれー、最初暖かいと思ったけど、このストーブ、結構火力弱いのね。また冷えてきちゃった」
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菫子はブルブル震えている。それを見て霖之助は不憫に思った。
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「ああ、燃料の残りが少ないからちょっと節約してるんだ。でもまあ、もうすぐ苟且の冬も終わりらしいから、今日は火力を上げよう」
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「助かるわ!」
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菫子は両手を合わせ、大袈裟に拝んだ。
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「――で、この雪は何なの? 幻想郷に何が起こっているの?」
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菫子が尤もな質問をした。魔理沙も当然の疑問だな、と思いながら、少し億劫そうに返答した。
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「話すといろいろあるんだが、まず知ってほしいのは、幻想郷には『何者かが引き起こす、人為的な異常事態』が定期的に起きる。それを『異変』と言うんだ」
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「異変ですか。なる程ーって、人為的? まさかこの雪は、森近さんの道具で降らせた人工降雪なの?」
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「人工降雪……と言うと何か違う気がするが、今回の異変は雪が降っている事だけでは無い。他にも、桜が咲いていたり、紅葉していたりと幻想郷全域の季節がおかしくなっている」
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「えええ? 幻想郷全域でー? それが人為的な異常事態って、ちょっと俄には信じられないけど……」
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「よくあるとは言ったが、正直言うと
、この規模の異変は常識では考えられない。実際、犯人も非常識な奴だったしな」
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「へー、犯人が判っているんですね」
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「ああ、それに一応異変は解決しているので、季節も元に戻っていくはずだ」
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「そうなんですね。ところで、魔理沙さんはなんでそんなに詳しいんですかー? もしかして、犯人の手先なんじゃないのー?」
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魔理沙が面倒くさそうにしていたので、霖之助が口を挟んだ。
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「言ってなかったかな。ここにいる霧雨魔理沙は、異変解決を生業とする人間なんだ」
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「そうだ。今回みたいな異変が出たときには真っ先に解決に向かう、言わば正義のヒーローだぜ」
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魔理沙が決めポーズを取るが、正義のヒーローと言って格好付ける人間がこんなにもダサいのかと思い、菫子は苦笑いする。
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「あ、そ、そうなんですね。正義のヒーローさんだったんですね。私はてっきりそういうファッションセンスを持つ、年中ハロウィンの人間なのかなーと思ってました」
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「お前馬鹿にしてるだろ。これは魔法使いの正装だ」
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「失礼。正直、ドンキかなんかで売ってる安いコスプレかなーと……キャッ!」
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魔理沙は菫子に飛びかかった。菫子は笑いながら魔理沙の攻撃を受け止めていた。霖之助は「やれやれ」と思いながら、この際だからという事で、魔理沙に質問してみることにした。
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「ところで、僕も今回の異変の話に興味がある。どういう犯人が、どういう動機で起こしたのもなのか。
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「――背中に扉、だって? 何それ気持ちわるーい!」
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「その扉が出来ている者の魔力が暴走し、辺りをおかしくさせていたんだ。特に妖精のような自然を司る奴らが暴走した為に、あちこちで季節が狂ったという訳だ」
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「へー、妖精って凄いんですね!」
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「おいおい、どこに感心してるんだ? 妖精は凄くないぜ。元々妖精は自然の力が具現化しただけの存在だからな。つまり妖精の暴走は、自然の暴走なんだよ。それより、そいつらを広範囲に暴走させた奴の方が恐ろ……いや何でも無い」
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「? まあ、確かにそうなんですけど。暴走って事は、元々妖精が自然を狂わす程の魔力を持っていたって事なんじゃ無いの?」
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「さあ、どうだかなぁ。私には元の魔力以上の魔力が溢れ出ていたとしか思えない。その魔力が何処から出てきたのかというと、ハッキリとは判らんが、犯人の魔力なのか、別の世界や別の時空の魔力なのか……。まあともかく、その背中の扉の中に、犯人がいたんだ」
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「あ、中に入れるんだ。背中の扉って」
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「そりゃまあ、扉だからな。その中は、なんとも言えない、不気味な世界だったぜ……」
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少しずつ乗ってきた魔理沙が、怪談を語るようにしゃべり始めた。
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「――あれは、雪の降る夏の早朝だった。魔法の森は吹雪いていて殆ど何も見えなかったが、目の前に何者かが立ちはだかっていた。『邪魔だ、どけ!』。そう言っても動こうとしない。なぁんか変だなぁと思って、近づいてよく見ていると、それは一体の笠地蔵だった。『なぁんだ、地蔵か。こんなところに誰が地蔵を置いたんだ?』。そう思っていると、地蔵がニタリと笑い、突然襲いかかって来たんだ! 『うわぁ! 地蔵のお化けだー!』 私は声を上げ――って何だよ邪魔すんなよ、話が乗ってきたところなのに」
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「ちょ、ちょっと待って。何か口調といい、内容といい、急に作り話っぽくなってきたんで、一応何処まで事実なのかなーと」
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「まあ、事実の部分もあるが殆ど作り話だ」
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「なんでやねん」
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菫子は最大限ベタな台詞でツッコんだ。
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――霖之助は思った。
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魔理沙の話が何処まで本当で、何処まで嘘なのかよく判らない。見た感じ、わざと話をはぐらかしている様にも見える。何か、異変の事を言いたくない様に見える。普段だったら、こんな大きな異変の解決なら喜んで武勇伝を語る筈だ。もしかすると……何か嫌な予感がする。
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「魔理沙……。君は本当に異変を解決したのかい?」
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「勿論だ。何故疑う?」
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「いやなんか、核心部分をはぐらかしているように見えたんでね」
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「うーん。まあその……異変が解決したのは本当だ。しかし、何となく言いたくない部分もあってな……」
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その時、菫子が窓の外をみて慌てていた。
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「ねえ、外に何かいる! 笠を被った地蔵が歩いているわー!」
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「えっ?」
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魔理沙と霖之助は驚いて窓の外を見た。そこに居たのは、地蔵のように見える格好の、お下げの小さな女の子だった。
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「うわー、香霖堂の中は暖かいですねー! 里まで買い出しに行こうと思っていて、余りの寒さに少し心が折れ始めたところでした」
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彼女の名前は矢田寺成美。魔法の森に住む、正真正銘のお地蔵さんだ。
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「ごめんなさーい。合掌して雪の中を歩いているもんだから、笠地蔵に出てくるお地蔵さんかと思っちゃった」
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「あっはっは、こいつは矢田寺成美、本物のお地蔵さんだぜ」
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「え? マジ?」
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菫子は遠慮無く成美の身体を触った。
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「ええー、柔らかーい。お地蔵さんって固くて重くてザラザラしてないと雰囲気でないじゃーん」
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「誰? この失礼な奴」
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「外の世界の人間だぜ」
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「え? そ、外の世界の!?」
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「初めまして、宇佐見菫子です! 外の世界と幻想郷を自由に行き来するスーパー女子高生です!」
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さっきの魔理沙の決めポーズを真似ているようだった。成美は驚いて霖之助に詰め寄った。
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「こんな役に立たない外の道具ばっか売ってる古道具屋に……外の世界の人間が入荷してたなんて。一体いくらなのよ?」
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霖之助は苦い表情をした。
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「成美君。彼女は商品では無いよ。確かに、外の世界の道具を扱っている香霖堂だが、人間は道具では無いんでね。彼女は一応、客さ」
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「そうなんだ。妖怪相手なら高く売れると思うけどねぇ。質はともかく、珍品だからねぇ」
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成美は菫子に向かって厭みを言って、笑った。
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―― 暫くして、魔理沙と菫子と成美の三人が打ち解けて歓談していた。
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「へえー! 外の世界では冷房器具と暖房器具が同じ一つの機械で出来るのー? 良いなー。 でも、それってどういう仕組みなの? 火を焚いたら熱くしかならないし……氷を入れたら冷たくしかならないし」
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「多分気化熱を使うんだと思うんだけど、そういえば不思議ねぇ。ちょっと待ってね、ググってみる……って圏外だったわ。今度までに調べて置くわー」
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「それは何?」
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「これはスマホ。電話したりネットを見たり、調べ物をしたり地図を見たり出来る万能な機械よ。まあ、幻想郷に居るときは時計とカメラくらい使えないけどねー」
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店内がただの談話室になると、もう僕の出番は無い。しかし、僕は異変の犯人の話がどうしても気になっていた。魔理沙が言いたがらない理由は何だろうか。考えられる事は三つ、一つ目は魔理沙が異変解決したと嘘を吐いている、二つ目は実は魔理沙は犯人に懐柔されている、三つ目は犯人がよく知っている奴で庇っている……。
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正直、どれもありそうである。しかし、これだけ幻想郷を騒がせた異変の顛末は、全ての住民が知る権利がある筈だ。適当にはぐらかしている魔理沙に、もう一度聞く必要がある。しかし、他愛無い女子トークの中に入っていくタイミングが掴めない。そう逡巡していた時、成美がピンポイントで話題を変えてくれた。
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「―― エアコン、欲しいなぁ。それがあったら夏が急に冬になったって平気ったのにねぇ。ところで、魔理沙。いつになったら魔法の森の冬が終わるのよ。異変は解決したって言ってたよね」
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よしきた! とばかり、僕も会話に参加した。
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「僕からももう一度聞こう。何故か魔理沙は話したがらないみたいだが、これだけ騒がせた異変だ、真相は皆が知る権利がある」
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魔理沙は観念した様子で「こうなる事は判っていたが……」と呟いて、異変の詳細を語り始めた。
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異変は一人の秘神の力によって引き起こされた。自分の部下を見つけるためという下らない理由で、幻想郷全域に異変を起こしたというクレイジーな話だった。中でも一番信じられない事は、異変の特徴である季節の狂いは、異変の目的では無く、ただの副作用だったと言う事だ。
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「―― ほう、異変はその秘神一人の仕業だというのか。その一人で幻想郷の全域に影響を与えたとなると、何とも恐ろしい」
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「いつの間にも私の背中にも魔理沙の背中にも、扉を作って魔力に影響させてたのよねぇ。この魔法地蔵の成美に、魔力の事で気付かせないなんて恐ろしいわ」
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「へえ、姿も見せずに遠隔で影響を与えるなんて、幻想郷には凄い奴もいるのねぇ。そんなの相手に戦う魔理沙さんて凄いわー!」
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異変の話を聞き、三人は驚愕していた。それと同時に、想像上の秘神に畏怖と敬意が感じられる気がした。
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「それ、その目だよ! 私が言いたくなかったのは、この異変の真の目的は、その秘神の力を誇示する事だったからだ。この話を聞いた人が驚き、畏れ、ややもすると称賛する。それが奴の目的だったんだよ」
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魔理沙は悔しそうだったが、すっかり吐いて気持ちが楽になったのか、秘神の招待やそのクレイジーな部下の話、背中の扉の向こう側の話など洗いざらい話してくれた。その都度、三人の興味が膨らみ、話は尽きることは無かった。これが秘神の真の目的だとすれば、異変は犯人側の大勝利だという事になる。魔理沙が悔しがるのも仕方が無いだろう。
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結局、幻想郷全域を騒がせた四季異変は、誰も傷つけることは無く、秘神の存在感だけが残る結果になったようだ。魔法使い、外の人間、地蔵の異色トリオは、いつまでも異変の話に花を咲かせていた。僕はと言うと、終わりなき女子トークに飽き飽きし、時計ばかりを見ていた。幻想郷が僕みたいな者ばかりならば、きっと秘神も悔しがっただろう。非常に残念だ。
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次号へ続く
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To be continued
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