Difference between revisions of "Strange Creators of Outer World/Introduction of Previous Works/Double Dealing Character/Fragment of Phantasy"

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Latest revision as of 09:15, 30 October 2019

幻想のもと① Fragment of Phantasy
東方Projectにちりばめられた、様々な幻想の欠片を覗き見るコラム。
今回の一本目は、小人族のご先祖こと一寸法師と
謎が謎を呼ぶ鬼のアイテム・打ち出の小槌について追ってもらった。 文/塩田信之
塩田信之
神話・伝説好きなゲーム・アニメ中心のフリーライター。現在はスマホゲームのシナリオ等を手掛けることも多い。2019年『いかにしてアーサー王は日本で受容されサブカルチャー界に君臨したか』(みずき書林)にも寄稿している。
アンチヒーロー・一寸法師
その名の通り、一寸(約3センチメートル)ほどしかない小さな身体ながら、鬼を退治した一寸法師は日本の昔話の中でも特に有名なヒーローのひとりです。鬼の宝物に含まれていた「打ち出の小槌」を使って普通の男性以上の身長になった上、金銀財宝も手に入れ身分の高い女性と結婚して幸せに暮らしましたとさ、といういかにも昔話らしい顛末になります。
特にヒーローらしいところを挙げるなら、やはり鬼にひと呑みにされても体内で暴れ回ったため、鬼が堪らず吐き出して逃げていったところでしょう。昔話としての「一寸法師」のクライマックスシーンです。小学校などで歌う唱歌や紙芝居、絵本、昔話のテレビアニメなどにも描かれた特に印象的なシーンです。縫い針を武器に胃の内側を突き刺しまくる一寸法師の姿は、勇ましいというよりかわいらしく描かれることが多いのですが、考えてみれば鬼も相当苦しそうな状況です。法師を吐き出した鬼はその後持っていった物をすべて打ち捨てて逃げ出してしまうのですから、気の毒にも思えてきます。
今日よく知られている『一寸法師』の物語は、鎌倉末期から江戸時代にかけて写本や刊行本が作られた『御伽草子』と呼ばれる物語群の一編を子供向けにアレンジしたものです。現代語に訳されるなどの形で現在も手に入りやすい『御伽草子』は、18世紀の大阪心斎橋で出版を行っていた渋川清右衛門がまとめた、いわゆる『渋川版』です。ここに記された一寸法師の戦いを見てみると、鬼は何度も呑み込んで口を押えるけども法師はその度に目から出てきたと描写されています。あっさりした描写で、鬼もただ逃げていくだけなので緊迫感は特にないのですが、法師が目から出てくれば目玉だって飛び出すでしょうし、なかなかホラーな場面が想像できます。ほうほうの体で逃げていく鬼から見れば、法師の方こそ怪物のように思えたことでしょう。
ところで、鬼と遭遇する際に一寸法師はひとりの女性と連れ立っていて、鬼はその女性を狙って襲い掛かってきます。連れの女性は鬼が逃げた後、打ち出の小槌を振って法師を大きくして結婚相手となる高貴な身分の女性で、「姫」と描写されることも多く、法師はボディガードよろしく鬼から守る立場です。実際守ったわけですからカッコいいところを見せているのですが、『御伽草子』では襲われる時点ですでに女房同然の存在でした。妻を守る小さな夫もカッコいいのですが、そこに至るいきさつは現代の倫理観から見ると褒められたものではなかったりするのです。
一寸法師は子宝に恵まれなかった老夫婦が、神仏に祈って授かる子供なのですが、十数年経っても大きくならず嫁をもらうあてもなかったので、法師が自ら京の都に登って身を立てると言い出し旅に出ます。立身出世と結婚相手の獲得が目的ですから、桃太郎の鬼退治とはだいぶ趣が異なります。お椀の舟と箸の竿で川を遡って上京した法師は、小さな体を笑いものにされたりもするのですが、高貴な屋敷の主に面白がられそこで下働きとして働くことになり、主の娘だった姫と出会います。一目惚れ状態の法師はぜひ嫁にしたいと一計を案じ、姫の寝所に忍び入って姫の口の周りに持っていた米を塗りつけます。米は神仏への貢物として集めていたもので、姫がそれを盗み食いしたと芝居を打ったわけです。娘の口の周りに米を見つけた主は盗人を家に置いておけぬと、法師にどこへなりと連れて行けと押し付けてしまいました。ふたりが鬼と出会ったのは、都を出て舟に乗り、人の住まないような島に降り立ったところです。『御伽草子』ではその島を「興がる島」と書いていますが、ふたりはそこを目指して船出したわけではなく、風によって流されて到着した場所ですから、あるいはそこは「鬼ヶ島」であったのかもしれません。出会った鬼は、普通に暮らしている自分たちの領域へやってきた美女(法師は小さいので見えない)をナンパしようと思ったらとばっちりを食ってしまったというわけですね。
嫁を要求する異形のものたち
姫を罠に嵌めて手に入れた一寸法師はちょっとヒーロー像から遠くなりましたが、実のところ日本各地の民話にはこういった人間以外の存在が人間の嫁を得る物語がけっこうたくさんあります。一種の異類婚姻譚で、その非常に古くも有名な例のひとつが、奈良の三輪山の神である大物主の伝説です。大物主は七代孝霊天皇の娘とされるモモソヒメと結婚しましたが、昼の間しか姿を見せないため明るいところで姿を見たいとねだられ、正体である蛇の姿を見せます。しかし姫が驚いたため大物主は三輪山に隠れてしまい、姫も箸で陰部を突いて命を落として箸墓古墳に葬られたと『日本書紀』に記されています。日本各地に伝わる蛇などが女性の元に通う「妻問い婚」タイプの昔話の元になったと考えられる物語ですね。
新しい例を挙げるなら、江戸時代に作られ現代も映画等の題材になっている『南総里見八犬伝』の冒頭部もそのひとつといえます。室町時代の戦乱で城を攻められた里見家の主が、敵武将を討ち取ってきたら娘を嫁に与えると冗談で飼い犬の八房に言うと、八房はその通り敵の首級を揚げてきます。里見の娘伏姫は父に約束を違えてはならないといい、自ら八房とともに城を出ていったことが、後の因縁に繋がっていくわけです。
約束事に縛られるパターンだけでなく、娘の親や娘自身が進んで結婚に臨むなど、さまざまなパターンがあります。『一寸法師』によく似たタイプの昔話としては、「田螺(たにし)息子」とか「蛙息子」と呼ばれるタイプの物語があって、それらはやはり子のない夫婦が神仏に祈ると身ごもったり体に瘤ができたりして、タニシやカエルが生まれてきます。何年経っても特に大きくもならないので心配していると、嫁をもらってくると言って出かけ、村の長者などに気に入られてその家に入り込み、その娘に濡れ衣を着せて嫁にもらってくるという一連の流れが割と共通しています。その後、嫁がよく働き夫の両親の世話もよくしていると、タニシやカエルが人間の姿に変わったりします。元々神仏による授かり子なので、それも奇跡の一部というわけです。
いろいろと要素がアレンジされてはいますが、桃太郎だって同系列の物語とする見方があります。一寸法師のように小さな主人公の物語を「小さ子」譚と分類し、そのルーツを出雲の国造り神で、大物主とも同一視される大国主のパートナー、「少名彦(スクナヒコナ)」に求める考え方も広く知られています。実際、少名彦がガガイモの実の舟に乗って出雲にやってくるところは一寸法師のお椀の舟によく似ています。桃太郎の桃もそのバリエーションで、桃に入っていた「小さ子」が成長した姿が桃太郎と考えられるわけですね。
鬼の宝物・打ち出の小槌
一寸法師は「打ち出の小槌」の力がなければ大きくなれなかったわけですが、そもそもこの小槌とはなんでしょう。現在よく知られるものには少ないのですが、古い時代に語り継がれていた民話には打ち出の小槌が登場するものがたくさんあったようです。
打ち出の小槌についての古い記録としては、平安末期の武士・平康頼がまとめたとされる仏教の説話集『宝物集』に、人間にとってもっともありがたい宝物は何かという問答の中で、着ると姿を消すことができる『隠れ蓑』(と『隠れ笠』)とともに、望むものをなんでも出してくれる『打ち出の小槌』が挙げられています。平康頼は平清盛の頃に平家の家人だった武士ですが、平姓は与えられたもので源氏側に肩入れしていた人物です。平家打倒の密議に参加したことが露見して薩摩国の鬼界ヶ島に流刑となっており、そこで出家して僧となりました。清盛による赦免で京に戻った後、『宝物集』を著したとされています。そんな康頼の来歴は主に『平家物語』にありますが、『平家物語』には打ち出の小槌が鬼の持ち物として広く知られていたと読み取れる記述もあります。『平家物語』は鎌倉時代に成立した軍記物語ですが、以降「隠れ蓑」「隠れ笠」「打ち出の小槌」が鬼の持つ宝物として広く浸透していったことにも影響しているのかもしれません。 Taira no Yasuyori
また打ち出の小槌は七福神に数えられる大黒様の持ち物としても有名です。いかにも福の神らしい持ち物ではありますが、大黒様の元を辿っていくと仏教の護法神である大黒天で、これはインドの破壊神シヴァを別名のひとつマハーカーラ(大いなる暗黒)として仏教が取り入れたものです。戦の神とされることが多いのですが、日本に伝わったのは密教の思想からチベットやネパールで財宝神として信仰された側面が強いものでした。マハーカーラの姿として三つの顔と六本の腕が描写されることが多いのですが、日本では他の二つの顔を毘沙門天と弁財天が合体した姿と解釈しました。毘沙門天の原形はインドの財宝神クベーラ、弁財天は元々「弁才天」と訳された技芸の女神サラスヴァティをルーツとしていますが、やはり日本では財宝神として信仰され「財」の字に置き換えられることが多くなったのにも、この「三面大黒」が天台宗によって日本にもたらされたことが影響していると思われます。さらに時代が下って江戸時代には、「だいこく」とも読める大国主と合体し、大黒様のイメージが作られていったと考えられています。シヴァも大黒天も「鎚」を持ってはいないのですが、大黒様になってから打ち出の小槌を持った姿がイメージされるようになります。財宝を生み出す大黒様像を穴に転げ落ちたおむすび(あるいは団子)の代わりに手に入れる『おむすびころりん』によく似た『地蔵浄土』という昔話も、そんな歴史的な背景の上で発展したものでしょう。
打ち出の小槌が出てくる昔話には、水の神に木材などを捧げると、竜宮からのお礼としてもたらされるパターンも九州や四国などによく残されています。同様のパターンで中部地方などには小槌の名が「延命小槌」と呼ばれていたり、竜宮から来たのが小僧や犬、亀などに変わったバリエーションがあるのですが、願ったものがなんでも出てくるところは打ち出の小槌とほぼ変わらないようです。打ち出の小槌を使う程度の能力を持つ少名針妙丸は一寸法師の末裔ですが、一族が伝えていた「小槌を使い過ぎてはいけない」という教えは、正しくこれら昔話に描かれている教訓と同じものなのです。