Strange Creators of Outer World/Introduction of Previous Works/Shoot the Bullet/Fragment of Phantasy

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幻想のもと③
Fragment of Phantasy

Fragment of Phantasy

天狗も鬼と並ぶ超メジャーな妖怪だが鬼の一種とみられていたこともある。
山や修験道といったキーワードをもとにその成り立ちに想いを馳せてみよう。

普通の人間から見れば鬼同様に恐ろしい存在である天狗ですが、ともすれば人間よりも高い知能を持ち、時には人間を助けてくれたりもする気高い存在とも考えられてきました。その誕生には意外と複雑な背景がありますので、ここでその一端を紹介したいと思います。

山に棲む鬼と天狗

天狗は妖怪の一種とされていますが、ちょっと他の妖怪たちとは違った存在感があります。外見的イメージが人間に近いということもありますが、身近で実際にいてもおかしくないと思わせるリアリティみたいなものが感じられる雰囲気があります。

妖怪の類いを分類する上で、天狗は鬼の一種とされることがあって、よく似た特徴も見られます。山に棲み、人を攫ったりする恐ろしい存在で、赤い肌や異形の顔つきから人々の恐怖の対象とされてきました。「鬼」の解説の中でも書きましたが、もともと鬼には目に見えない存在だったり特定の外見に限らないといった特性がありました。そういう意味では、天狗は確かに鬼の一種に含めてもおかしくありません。実際に山間に根城を置いた山賊たちが鬼や天狗と呼ばれていたのかもしれませんし、人の世に起こった非道な事件を鬼や天狗といった非日常の存在のせいにしたという向きもあったものと思われます。

現代にも受け継がれている、長い鼻を持つ高鼻天狗や、カラスのようなクチバシを持った鴉天狗は平安時代からその存在が語られるようになりました。大江山の鬼たちが暴れまわっていた時代で、京の都にも百鬼夜行が現れたくらいですから、当時の山はそれはもう魔物たちの巣窟と考えられていました。しかし一方で、当時の山にはいわゆる「修験道」の修行者である「山伏」たちが数多く入っていました。中国から新しい仏教が入ってきて、最澄が比叡山、空海が高野山に修行場を設けるなど霊山とされる山での修行は大きなブームとなっていた背景があります。天狗の多くは僧服ないしは山伏と呼ばれる修験者を思わせる恰好をしているわけですから、そうした修行者たちが天狗のモデルとなったことは間違いないでしょう。

役行者と修験道

修験道という言葉は、特定の宗教や宗派を指すものではありません。それが何か、というのは宗教に疎いと言われることの多い現代の日本人には意外と難しいことかもしれません。漠然と「仏教ではないか」と考えがちで、実際仏教系の修行者であることも多いのですが、それだけではないのです。修験道は仏教と密教と共通した修法を用いますが、その考え方には神道や陰陽道、中国の道教の要素も溶け込んでいて、根本的なところには宗教の原初的な姿とも言えるアニミズムやシャーマニズムがあります。日本に仏教が伝わる前、さらに言えば神話上「天孫降臨」とされている「天津神」がやってきて天照大神を中心とした「神道」が始まる前からあったいわゆる「山岳信仰」の伝統を仏教・密教ベースで受け継いだものを修験道と定義することができます。

現代ではなかなかその言葉を耳にする機会もありませんが、山岳信仰は先史時代から日本人にとってとても身近な信仰でした。宗教という体になる以前の、日本人ひとりひとりの身の内にある自然な感情が元になっていて、山や巨木、あるいは巨石といった自然の造形を美しいと思う以上に神々しく感じる気持ちが山岳信仰の出発点です。富士山の例を挙げるまでもなく、山に対し敬意や畏怖の念を抱くことは珍しいことではありませんし、それがアニミズムに繋がり、信仰へと発展することは日本に限らず世界各地に見ることができます。モーセが神に十戒を授かるシナイ山、インド神話と仏教思想で宇宙の中心に立つメール山(須弥山)、歴代の皇帝たちが即位するために封禅の儀を行ってきた中国の泰山(をはじめとする五岳)と、まさに枚挙にいとまがありません。中でも日本人は山に畏敬の念を抱き、それ自体を神として崇めてきた長い歴史があります。山中や麓にあるような神社の類いは、多くがもともとは山そのものを神として祀ったものでした。「天孫降臨」以降ほとんどが祭神を変えていくことになりましたが、山に籠って修行する山伏たちには古い形を残した信仰が受け継がれていったわけです。

修験道の始まりは、7世紀に実在した伝説的人物「役小角(えんのおずぬ)」とされています。6世紀に百済(現在の朝鮮半島南西に位置した国家)から日本に仏教が伝わって以来(かつて歴史の授業で「仏教伝来」とされていましたが、それ以前から仏教自体はさまざまな形が伝わってきていたことが確認されているため、現在は「仏教公伝」と呼ばれています)、日本の信仰事情は大きく変化しました。今や歴史的には実在が危ぶまれてしまっている聖徳太子の「十七条憲法」で仏教が指示されたことで貴族あるいは豪族と呼ばれる人々はこぞって仏教を信じるようになり、神社存続のため記紀神話の神々は仏の仮の姿だったと考える「神仏習合」が進められたなどとも言われるように、日本の宗教界は仏教に席巻されてしまいました。

役小角は日本山岳信仰の中心のひとつ、「三輪山」そのものを神「大物主」として崇める三輪氏に生まれ、仏教を学んだ後「葛城山」や「熊野」、「大峰山」などの霊山に入って修行し強力な神通力を得たとされます。前鬼、後鬼と呼ばれる鬼を使役したなど現実離れした伝説が数多く伝わっており、10世紀ごろに活躍したとされる陰陽師・安倍晴明にも似た、古代日本のスーパーヒーローと言っていい存在です。法力を操り空を飛ぶ姿は行者姿の天狗のルーツになり、中国の道教思想の中心にある「仙人」を想起させるところがあって、人々の憧れの対象にもなっていきます。役小角を崇拝する人たちが山に籠って修行するブームが始まると、702年には山での修行を届け出制にするなど法律(大宝律令)での制限が必要なほどに発展していきました。

ブームの火に油を注いだのが、774年に生まれた後の弘法大師空海です。空海もまた仏教を学んでから山に籠って修行をして、当時部分的に日本にも伝わっていた密教こそ真理と考え中国に渡りました。そこで密教の奥義を授かって日本に戻り、高野山に修行道場を開いて真言密教(京都の東寺を根本道場としたことから「東密」とも)を始めたわけです。また、空海と同時に唐に渡った最澄が日本に戻ってから開いた天台宗も、後に密教要素を強化して「天台密教(台密)」を確立します。以降日本の仏教は密教が基調のひとつとなり、修験道も真言宗系の「当山派」と天台宗系の「本山派」が主流となっていきました。そんな歴史的な流れの中、修験者(山伏)のイメージが固まっていき、そこから天狗という存在が生まれていったものと思われます。

天狗の姿かたち

天狗の「狗」は「犬」を意味していて、特に子犬を指しますが、「小さい」「取るに足らない」あるいは「劣ったもの」といった否定的ニュアンスを伴う漢字です。羊として出されたものが犬だったという意味の「羊頭狗肉」や、「権力の走狗」みたいな言葉にも使われます。「天狗」というのは中国に古くから伝わる空想上の動物で、雷のような大きな音とともに流れ星が落ちた場所にいた犬に似た動物のことで流星の正体と考えられました。中国帰りの留学生を通じて日本に伝わったことが『日本書紀』に記されているのですが、これを「あまつきつね」と読んだことから日本における天狗のイメージに混乱がおきたようです。

日本で狐といえば、稲荷信仰における神の使いとしてよく知られていますが、稲荷信仰がいつごろから始まったのかはいくつも説があってはっきりしません。『日本書紀』には渡来氏族とされる「秦氏」の氏神として8世紀ごろ知られるようになったと記されていますが、一方で稲荷信仰は稲作に伴う豊穣の神として古くから崇められてきたという考え方も強くあります。稲荷神社の総本社とされる伏見稲荷大社は『古事記』に記されている「宇迦之御魂(うかのみたま)」を主祭神としていて、伊勢神宮外宮の主祭神である豊受大神(とようけのおおかみ)と同一視されることから「天照大神の食事」を司る「御食津神(みけつかみ)」という呼び方もされ、これが「三狐神」という漢字で書かれたことが狐と関連付けられる原因と考えられています。また稲荷信仰はインドの鬼女ダーキニーが仏教に取り込まれて神となった「荼枳尼天(だきにてん)」とも同一視されています。よく白い狐に乗った姿でイメージされる荼枳尼天は、神通力を与えてくれる神として修験道で信仰対象となりました。天狗の由来と考えられるこれらの伝承は、鼻高天狗や烏天狗のイメージとはまず結びつかないのですが、記紀神話には外見的なルーツと目される存在が別にいます。それは「天孫降臨」を先導した国津神「猿田彦(さるたひこ)」、長い鼻と人並み外れた体格が特徴で、全身が赤く光っていることからも天狗の外見的イメージに近いと考えられています。

幻想郷の烏天狗である射命丸文にも、山伏姿の天狗と共通する要素があります。まず目につくのが頭の上の小さな帽子状のものですが、これは山伏がつける「頭襟(ときん)」と呼ばれる装飾物で、「漆紗(しっさ)」と言う漆で固めた布で作られています。古代日本の貴族は同じ素材で作ったさまざまな形の冠を公式の場で着用していたようで、よく見る聖徳太子の肖像が被っているのもそうです。背中に生えている黒い翼はもちろんカラスのそれで、高い一本歯の靴は天狗が履いた一本歯の下駄を現代的かつ女性的にアレンジしたものと言えます。風を起こすために持っている団扇は、天狗の中でも位の高い大天狗の持ち物として知られるもので、ヤツデの葉に似た形で天狗自身か眷属の羽で作られています。風のみならず火を起こしたり、空を飛ぶのに使ったりとさまざまな通力を発揮できもので、天狗にとってももっとも大事な武器といえますが、幻想郷のブン屋である射命丸文にとっては、剣よりも強いペンや写真機のほうが重要なのかもしれません。

塩田信之
主にゲームやアニメ関係の文章を書くことが多い、歴史と神話好きなライターです。当方について書くのはこれが初めてとなりますが、以前からその世界観には注目していました。東方世界に関連した神話や伝承について、外堀から埋めていくつもりで紹介していきたいと思っています。