Strange Creators of Outer World/Introduction of Previous Works/Subterranean Animism/Fragment of Phantasy

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幻想のもと① Fragment of Phantasy
東方Projectにちりばめられた、様々な幻想の欠片を覗き見るコラム。
今回もライター・塩田信之氏が、読者と幻想を橋渡ししてくれるぞ。
1本目は、意外と身近な話題とともにお贈りする。
地霊
土地に由来する神や精霊、妖怪といった存在の総称として「地霊」と呼びますが、その多くは神話に登場する神々よりも古くから日本にいたなじみ深い存在です。しかも、古いからといって忘れられたわけではなく、現代でも人々の暮らしに身近であり続けているのです。
地を鎮める祭
家の建て替えなどを行う際、いったん更地になったところにテントを張って小さな祭壇のようなものが置かれたり、神社にあるような「注連縄(しめなわ)」をかけた竹が四本立てられているのを見たことはないでしょうか。あれはその地域の神に土地を使用する許しを得たり、工事や新しい建物の安全等を祈願する儀式で、「地鎮祭」と書いて「じちんさい」や「とこしずめのまつり」と読みます。
土地を使用する許可を得る、と考えるとそれを怠ったらバチが当たるの? と思いがちですが、必ずしもそうではありません。基本的にはその土地を守る神を鎮める儀式ですから、行っている期間中「休んでもらう」意図があります。期間は三日程度とそれほど長くはないのですが、疲弊した土地に休息によって生気を取り戻してもらうわけです。地鎮祭は神社から神職に来てもらって祓詞を奏上してもらう神式が一般的ですが、仏式やキリスト教式で行われる場合もあります。施主の信仰によって変わるところは冠婚葬祭と同じです。
神式で行った場合は、「氏神(うじがみ)」と呼ばれるその地域一帯を守護する神を祭壇の榊に降りてもらい、祝詞を奏上します。地域によっては対象となる神は、「屋敷神」と呼ばれる、家あるいは一族の守護神になったりもします。ずいぶんプライベートな印象ですが、屋敷神は祖霊、いわゆる「ご先祖様」が神になるという考え方もありますし、「氏神」も本来は文字通り「氏=一族」の守り神だったと考えれば自然なことと言えます。仏式やキリスト教式の場合お経を唱えたり賛美歌を歌ったり、宗派によっても式次第が異なりますが、内容も感謝を捧げた上で工事を無事終わらせる決意表明になったりします。「起工式」などと呼び替えることもありますが、式次第も含めて都合に合わせて変えても大丈夫なようです。
地鎮祭の歴史は古く、原型と考えられる儀式については弥生時代の遺跡からも見つかっています。正式な記録としては『日本書紀』全30巻の最終巻、持統天皇の即位6年(西暦692年)に、藤原京の造影地へ「難波王(聖徳太子の孫ともされるが詳細は不明)」を派遣して「鎮祭」を行わせたとあります。20年に一度行われる伊勢神宮の「式年遷宮」は持統天皇4年から行われるようになりましたが、20年間休ませた「古殿地(こでんち)」が新たに宮を建てる「新御敷地(しんみしきち)」として造影を始める前に「鎮地祭(ちんちさい)」を行っています。また、新しい正殿ができた後に行う「後鎮祭(ごちんさい)」も執り行われます。もっとも、こうした儀式は国家的な建築事業や神社仏閣、皇族や富裕な武家など限られた人々が行っていたもので、現在の地鎮祭とはやり方も異なっていました。米や塩といった神饌や、「人形(ひとがた)」などを入れた「鎮物(しずめもの)」と呼ばれる木箱を地中に埋めるこおtが多かったようです。人形もそうですが、竹を立てる方向など地鎮祭では方角(風水)も重視されますから儀式は陰陽師が執り行っていました。後の江戸時代中・後期に、発達した印刷技術によって一般庶民向けに「家相」の解説本が多数出版され、現代の様式に近い地鎮祭が一般に行われるようになったようです。
土地神や氏神、祖霊でもある屋敷神などは、人間の生活に近い地霊と言えます。地鎮祭は古代から現代まで連綿と続く地霊と人々の交流の証だったわけです。
土着の神と降臨した神
神々だけでなく元々は人間だった祖霊や、人間に悪戯をしたり時には恐怖の対象にもなる妖怪もまた「地霊」と呼ばれます。他にも、猪や狼、蛇など「山の神」と呼ばれたり神聖視される動物たち、地上に降りた神が座る「御座石」などと呼ばれるさまざまな大きさの石、「ご神木」と呼ばれるような巨樹、果ては山そのものまでさまざまな存在が「地霊」に数えることができます。その考え方はいわゆる「八百万の神」と同様で、世のあらゆるものに神性を見出す日本人らしい感性の成さしめるところです。ただし、ひとつ「地霊」と呼ぶにあたっての決まり事に、「日本の土地に古くから根付いた存在」であることが挙げられます。だから、神々にも地霊と呼んでいい存在とその呼び方がそぐわない存在がいるわけです。
現在日本の各地にある神社の多くは、アマテラスを主神とする「天津神」系の神々や皇族を祭神としています。天津神は高天原という神々の世界にいた存在が、「天孫降臨」以降日本へやってきたと日本の神話、『古事記』や『日本書紀』等で語られていますが、高天原を追い出され、天孫降臨より先にやってきていたスサノオも、同じ天津神です。天津神とは対照的に日本に元からいた神々が「国津神」で、オオクニヌシはその代表と言えますが、神話に登場する多くの国津神たちは、「国譲り」で日本を天津神に明け渡した立場となるわけです。
国津神は、人々が「八百万の神」として太陽や月、山や川に岩などさまざまな自然物、自然現象や動植物などを畏敬の念を込めて神と祭り上げた存在です。人間が生活していく上で必要となるさまざまな恵みをもたらしてくれる山や海、川などは、母親のように優しいだけでなく危険な獣の類や山火事や洪水、川の氾濫など恐ろしい災害をももたらす存在として恐れ敬われました。風雨や雷などの天候も同じように恵みと畏怖の対象として神と崇めましたが、そこに人間のような姿や名前を持つ神々、高天原のような神々の住む世界まで想像はしていなかったのではないでしょうか。当時日本に暮らしていた「原日本人」などと呼ばれている人々は、狩猟・採集を中心とした生活基盤に重きを置いていたと考えられ、「国家」と呼ばれる規模の大きな社会はまだ作っていなかったと思われます。近年の考古学的発見の神々でこれまで想像してきた「縄文時代」像は崩れてきていますが、稲作を主体とする定住生活だけでなく「日本神話」を持ち込んだ人々によって「弥生文化」が広がっていくにつれ、人々の暮らしや信仰が大きく変わっていったことは間違いありません。
高天原の最高神アマテラスの指示で「天孫降臨」してきた、ニニギら天津神たちは、九州は日向(現在の宮崎県)の地に最初の拠点を築きました。当時を物語る神話を見ていくと、天津神たちは国津神の娘を嫁にとるなどして、時間をかけて日本に馴染んでいった様子が窺えます。しかし、業を煮やしたのか日向の天津神たちに本国アマテラスから「日本全土を手中に収めよ」という指令が届き、立ち上がったのが「最初の天皇」とされる「神武天皇」です。彼は「東征(東遷)」と呼ばれる進軍を行い、機内まで進行して国家「大和(ヤマト)」を造ります。そこに至るまでは、国津神ナガスネヒコやヤソタケルらとの戦いがあり、兄ヒコイツセを失い、高天原からの援軍タケミカヅチや八咫烏らの助力があってこそ成し遂げられたものでした。
大和朝廷によって国家の体が整えられていく中、朝廷の支配を決定的にする日本神話最大級のヒーロー、ヤマトタケル(当時は幼名オウス)が登場します。ニニギや神武の子孫でもあるヤマトタケルは、力をつけて朝廷に反旗を翻した九州のクマソをはじめ東海や関東といった東の諸国を巡って「エミシ」などと呼ばれた蛮族を平定していきます。中には山や川の荒ぶる神々も含まれていましたし、戦いだけでなく政略結婚も使って多くのクニを大和朝廷に帰順にさせました。朝廷の影響範囲が広がっていくと、抵抗勢力は東北方面に追い立てられていくことになります。抵抗勢力は「まつろわぬ(順わぬ)もの」とも呼ばれ朝敵として長きにわたって征伐の対象とされました。討伐軍の指揮官は「エミシを征伐する」という意味の「征夷大将軍」と呼ばれるようになり、日本の歴史の折々で名を馳せていきます。大伴家持(当時の役職名は持節征東将軍)、坂上田村麻呂、木曾義仲、源頼朝、足利尊氏、そして徳川家康とそうそうたる顔ぶれがこの役職に就いています。すべてがエミシとばかり戦っていたわけではありませんが、「征夷」が国家事業として重視され、大将軍の力が拡大していったことで政治の実権が幕府に移ってしまう原因にもなりました。
さんざんな目に遭ったのは「まつろわぬもの」と呼ばれた人々です。蛮族呼ばわりされ人間扱いもされず、しまいには鬼や土蜘蛛など人を喰う化物とまでいわれ、人ならぬ存在「地霊」の仲間入りを果たしたわけです。
地霊殿に集まる地霊たち
そんな地霊たちの歴史を前提に『東方地霊殿』のストーリーを眺めて見るのもまた面白いのではないかと思います。事件の発端は、山の神である八坂神奈子と洩矢諏訪子が、地獄鴉に神鳥八咫烏の力を授けたことにあります。いまやサッカー日本代表のシンボルマークとして有名になった三本足の八咫烏は、太陽そのものあるいは太陽の黒点を象徴するともいわれ、熱核融合による巨大なエネルギーで地球を照らしています。霊烏路空が山の神から与えられたのは、太陽そのものの力です。
地霊殿に登場する妖怪たちもまた地霊です。火焔猫燐はいわゆる妖怪図絵の類では鬼のような恐ろしい形相が火の車輪に張り付いた妖怪「火車」。黒谷ヤマメが「土蜘蛛」で、星熊勇儀が「鬼」と、「まつろわぬもの」の代表格といっていい妖怪たちです。「橋姫」である水橋パルスィは水の神ですが、参号で取り上げた渡辺綱が一条戻橋で遭遇した鬼女でもあって、実は大江山の鬼退治で生き残った茨木童子のその後の姿だともいわれています。