Strange Creators of Outer World/Three Fairies Interview with Makoto Hirasaka

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Strange Creators Interview 05
漫画家 比良坂真琴インタビュー

東方Project公式コミックの元祖として親しまれる「三月精」シリーズ。
最新作「東方三月精 〜Visionary Fairies in Shrine.」単行本1巻発売を記念して、
漫画家の比良坂真琴氏を直撃、
漫画家になる経緯や連載への思い入れなどについて、いろいろと話をうかがった。

高校卒業後……

――

絵は子供のころから描いてたのでしょうか。

比良坂真琴(以下比)

漫画ではないですが、絵を描くのは好きでした。小中学校のときは美術の授業で風景画を描いて褒められることが多くて、毎年なにがしかの賞をいただいていたんです。褒められるのが嬉しかったので、絵を描くのは好きでした。アニメや漫画を見るのはもちろん好きだったんですが、漫画絵は自分で積極的に描くほどではなくて、ほとんど授業だけでした。

――

最初に買った漫画ってなんでしたか。

本当の最初ははっきりとは覚えていないのですが、小学生の時に、お年玉をもらって「大判の、いい本を買おう」と思って手にしたのが「ロマンシア」(原作:寺田憲史、漫画:円英智/1988年角川書店発行)でした。表紙の絵もよかったですし、1冊で完結しているところがよくて。「高い本を買った!」ってすごく思い出に残っているし、いまだに持っていますよ。

――

漫画家という職業を意識したのはいつくらいですか?

高校卒業の時ですね。就職が決まっていたんですが、卒業間際の春休み期間に「このまま就職するんじゃなくて、せっかくだから何かやりたい」と思って。「絵を描きたいから学校に行きたいんだ」って親に伝えたら、すごく寛容な親だったので「自分で学費を出すんだったらいいよ」って言ってもらえました。それで地元で二年間学費を稼ぐためにアルバイトをしていたんです。最初の1年は八百屋に勤めて、朝6時からよる7時半くらいまで働いていました。それで1年で百万くらい溜まったんですが、ちょっと足りなそうだったので、次の年にNECの工場に勤め先を変えて、バイトだけど社員と同じ長さで働いていましたね。田舎だからアルバイト代も安いんですよね。時給800円くらいでしたが、地元ではかなり高かったと思います。

――

漫画を描くようになるきっかけは?

落書き以上のものを実際に描くようになったのは上京してからでした。風景画とかは描けたんですが、いざ漫画を描こうと思ってもまったく描けなくて。漫画絵と人物画や風景画とかはまったく違いますし。結局26歳くらいまでは松屋でアルバイトをしながら同人をやっていました。20歳で上京して学校で知り合った友人に同人に誘われたんです。いっしょにやらないかって。同人誌のことも即売会のこともあまり知らなかったんです。学校は2年制でしたが、結局1年しか通いませんでした。

――

いろいろ教えてくれる人がいたんですね。

その友達はいまだに「三月精」の手伝いをずっと続けてくれていて、実際あの漫画は二人で描いているんです。最初は同じサークルで活動をしていましたが、途中からはそれぞれ個人サークルに分かれて、今でもお互い同人をやっています。

――

最初に描いた同人誌の題材は?

私はマイナージャンルですごく好きなんですが、友達に進められてはまったのが「アイドルプロジェクト」でした。コミケ参加サークルのなかでも1〜2サークルくらいしか描いてないマイナーさで、その同人を友人とずっと続けていました。イベントで本を出しても2桁も買ってもらえないんですが、売れたときはすごく嬉しくて。お客さんも同じ人が来るので、顔も覚えてました。ただ、友人のほうが絵がうまかったので、多くの方はそっち目当てで来ていたと思います。というのも、いざ個人サークルになってからはまったく同人誌が売れませんでしたから。一冊も売れなくて、家に帰って泣きながら捨てたこともあります。次に描いたのは「ぱすてるチャイム」の同人誌ですね。Karenさんの絵が好きで。その次が「痕」で、そのあとはずっとKeyの同人誌です。シナリオで好きになって。ギャルゲーが好きだったので、イラストレーターになりたかったんです。麻枝さんのシナリオみたいな素敵な話にイラストが描けたらいいなって。漫画家になるつもりはまったくなかったんです。あんな大変そうなものは描きたくないとすら思っていました。

――

(笑)。

イベントで同人誌を描いているうちに声をかけてもらったらな、なんて思っていたんですが当然そんなこともなく(笑)。まあ泣きながら捨てるようなレベルのものでしたし。当時はコピー誌を出す事も多かったので、ちょっとした漫画とイラストを合わせた落書き本みたいなものも多かったですね。

三妖精は娘のような存在

――

東方との出会いは?

「妖々夢」が出るコミケの前のイベントだと思うのですが、隣のサークルさんと見本誌を交換でいただいたのが東方の同人誌だったんです。読んだらキャラのこととかがいろいろ気になったので、調べてゲームを取り寄せました。それまでコンシューマーゲームはあまり遊んでなくて、スーファミが出る頃に自分はようやくファミコンを手に入れて「妖怪道中記」を遊んでいるくらいでした。漫画の「うしおととら」も好きだったので、なんとなく妖怪になじみはあったんですね。当然シューティングなんてほぼやったことがなくて、ノーマルでも全然クリアできませんでした。当初「妖々夢」4面のプリズムリバーで行き詰ってたんですが、あるとき入浴中に「幽霊楽団」が頭に響いてきて、ああ曲がすごくいいなって。音楽の良さのおかげで飽きずに遊べて、どんどん上達していったんです。「妖々夢」はシステム的に初心者に優しいですし、ストーリーもすごく感動するものがあるので、こんなに素晴らしい作品があるのか! とマイナー好きの心に火が付いた感じでした。Key系で活動していたころはほかの方が描く同人誌を買うことはほぼなかったんですが、黎明期の東方同人を描く方はすごくバラエティ豊かなメンツで、ほとんど買っていました。おかげで東方の同人誌はずっと買い続けていて、今も買っています。

――

「三月精」の連載の話はどういう流れから?

おそらく何かの同人誌を見てもらってお声がけいただいたと思うんですが、当初は「コンプエース」掲載用にオリジナルのネームを出してほしいって誘われたんですよ。その方が当時「三月精」を担当されていたHさんだったんです。東方が好きだったので、Hさんに会うたびに打ち合わせだけじゃなくていろいろな東方の話を聞いていました。その流れで「三月精」の後ろのページにあった「上海アリス通信」の挿絵を描かせてもらうことになって、本当にうれしかったです。商業誌に載ること自体も初めてですし、大好きな東方で絵を載せてもらえるわけですから。

――

今は酒のコラムになってますが、たしかに情報ページでしたね。

そうしているうちにいろいろあって連載を私が引き継ぐという話が出てきたのですが、オフィシャルの漫画を描くというプレッシャーがすさまじくて、とてもじゃないけど最初は描けないと思っていました。ですがZUNさんや編集さんがせっかく自分がいいと言ってくれるのだからと引き受けることにしたんです。それからは、下手なりも手を抜かないことだけは心がけています。その時点の画力で自分が納得いくまで描いているつもりです。「三月精」の原稿は、今見てもがんばっている気がします。当時のほかの原稿とは比べ物にならないですね。ZUNさんと緊張しないで話ができるようになったのもつい最近のことで、前のシリーズを描いていた時は会うたびにガチガチでした。

――

「東方文花帖」でも1本描いてますよね。

最初に「文花帖」の話を聞いたときは、アンソロジーの依頼だと思いました。でも、東方のアンソロジーなんて出してほしくなかったんです。その時は詳しい内容を知らされずに漫画を描いてほしいとだけ言われていたので、ほかの作家さんもアンソロだと思って受けていたように思えます。そういうお手軽なものじゃなくてもっと大事にしてほしいと思っていたから、最初は依頼を断ったんですよ。でも角川のHさんと話をしていたら、どうもアンソロではないらしいということだったので、やっぱりやらせてほしいって描いたのがあの漫画なんです。だから私だけちょっと真面目というか二次創作しすぎてない話になっているんだと思います。

――

他に原稿で気をつけるところがあるとしたら?

読みやすいように、というのは心がけています。連載開始のちょっと前に、友達がある作家さんのところにアシスタントに行っていて、その作家さんの話のまた聞きになるんですが、「漫画を描くときに、とにかく状況描写を大事にしよう。引いた絵で最初にキャラクターがどこにいるかを提示することが重要だ。アップと引きの繰り返しが大事で、読みづらい漫画はバストアップが多くてそのまま会話が進む」という話を聞いていたからだと思います。キャラクターのセリフがあったときにそのキャラだけ描いたほうが楽に決まっているんですが、「三月精」は、三妖精の誰かが驚いたときは全員がそれぞれの驚きかたをしているのを絵で見せないと、すごく手抜きに感じるんですよ。そうじゃないと三人組っていう感じが出ないですし。だから面倒くさくても、必要だと思うシーンでは三人全員を絵に入れるようにしています。

――

キャラの等身はちょっとずつ縮んでますよね。

それは完全に手癖ですね。気を抜くと手足が太くなっていくので……一時期は本当に顔がつぶれていましたから、単行本の際に修正したりしています。新シリーズを始める際は、気をつけて等身を上げようとしています。でも、ほかの方の絵柄によく影響されるんもあるかもしれません。

――

好きな漫画家といえば?

たくさんいますが、絵柄的に影響を受けたのは田中久仁彦さんですね。Karenさんの影響もあったんですが、漫画的には田中さんを意識していたころがすごくあったと思います。あとは武田日向さんですね。武田さんの影響は本当に大きくて……サニーなんて、やえか(「やえかのカルテ」)にかなり近いと自分で思う時があります。あとは松倉ねむさんですね。

Kunihiko Tanaka. Hinata Takeda

――

まあ、それは逃れようがないというか……。

いえ、もともと「三月精」が特に好きだった理由が、松倉さんが描いていたからなんです。「三月精」とは別に絵描きさんとして普通に好きなんですよ。なので、自分的には松倉さんと武田さんを足して二で割ったような絵柄という気持ちがあります。今のコンプエースの編集長が「やえか」の巻末の記事を書いていたと知ったときは感動しました。そういえば、「三月精」は比良坂が好きに描いてる同人みたいに思われることもあるみたいなんですが、そうじゃないんです。言葉の端々までビッチリ原作からの指定がありますからね。もちろん同じ原作をもらっても、描く人が変わったら違う漫画になるのだと思いますが。

――

連載再開のきっかけは。

前の担当のKさんが、連載終了後もZUNさんのお酒のコラムの取材に同席するよう呼んでくれていたんです。実は「Oriental Sacred Place」1巻用にZUNさんの描き下ろしシナリオがあったんですが、いただいたのがスケジュール的にどうしても描けないタイミングで、お蔵入りになっていて。それをせっかくだから描いてみたいと相談したんですよね。そのうちにどんどん話が変わっていって、どうせだったら新しい連載をやらないかという話に落ち着いたんです。ZUNさんとしても私としても、再開の予定は特になかったので、本当にたまたまですね。当初は半年に一回くらい掲載しようか、みたいな話をしていたんですが、最終的にはシーズン連載で年4回という形になりました。

――

なるほど、そんなことが。

そんな流れなので、連載再開が決まったときにはクラウンピースなんて影も形もありませんでした。たまたまその後にすぐ「紺珠伝」が出て、「三月精」に登場させることが決まっていたかのように思われる読者もいるかもしれないですが、全部たまたまです。ZUNさんも当初「前と同じ感じになっても面白くないから、新連載はどう変化をつけようかな」とおっしゃってましたし。

――

漫画家をやっていてよかったことは?

褒められるのがうれしい、というのは反応をいただくのが嬉しい、ということだと思うんです。好きで描いてはいますけど、反応がないのは寂しいですからね。今は昔よりも反応がわかりやすいので、いいかもしれません。「三月精」を描いていると、こういうロリっぽい絵しか描けないと思われがちなんですが、そこまで趣味100%というわけではないので、普通の等身のお姉さん的なキャラも描いていきたいですね。

――

オリジナルを描きたい欲求はありますか?

漫画よりもゲームのイラストとかのほうが描きたいですね(笑)。現代劇が好きなので、学園ものとか現代が舞台の伝記ものみたいなのが。あと田舎を舞台にした作品の空気感も好きなので、そういうお仕事をいただけたら嬉しいです。

――

これから新しい単行本を買う方へのメッセージをお願いします。

新しいシリーズに入ってから、自分なりに以前よりも可愛く描けているかなと思います。もう連載開始から1年以上経ちましたが、雑誌で読んでいない方もいらっしゃると思うので、早く三妖精とクラウンピースを見ていただきたいですね。ほぼ四人組みたいな感じになったので描くのは大変になりましたが、三妖精は自分にとって娘のような存在ですから。前のシリーズが終わったときにもう三妖精を描くことはないだろうと思ったのですが、結局同人誌でも描いていたので、今後もなにがしかの形で描いていくんだろうと思います。

東方三月精Strange and Bright Nature Deity①〜③
原作 ZUN 漫画 比良坂真琴 定価 各巻(本体1,500円+税 発行 株式会社KADOKAWA
東方三月精Oriental Sacred Place①〜③
原作 ZUN 漫画 比良坂真琴 定価 各巻(本体1,500円+税 発行 株式会社KADOKAWA
最新作 東方三月精Visionary Fairies in Shrine.
2018126日発売予定!

Notes[edit]